編集後記

 

 私たちの敬愛する五十嵐清先生は、2015 年9 月12 日にご逝去されました。享年90 歳でした。本書は、五十嵐先生の御遺作です。
 本書は、「はしがき」にありますとおり、かつて筑摩書房が刊行していた現代法学全集のなかの1 巻、『大陸法』として書かれることが予定されていたものです。同社がこの全集の完成を断念した後、須藤忠臣さんが興された悠々社が『大陸法』の刊行を引き取り、ここに『現代ヨーロッパ私法への道――現代大陸法への歴史的入門』と題を改めて刊行されることになりました。本書の編集も須藤さんが自らご担当くださいました。
 五十嵐先生が北海道大学に着任されたのは、1950 年4 月のことです。日本における最初の比較法講座の担当者であったことを誇りにしておられ、それ以来、65 年もの長きにわたって、パイオニアとして比較法原論のご研究、また、機能的比較法を具体的に民法の各分野に応用されるご研究を進められ、
後進の研究者に範を示してこられました。 
 その五十嵐先生にとって、ローマ法から現代にいたる大陸法の歴史的展開を紡ぐ本書の執筆は、まさしくライフワークといえるものでした。ドイツとフランスを中心に、全10 章にまとめられた本書は、五十嵐先生の長年の比較法研究の集大成であり、日本人の手になる初めての『ヨーロッパ私法史』です。また脚注は日本におけるそれぞれの分野の研究状況を概観できる案内にもなっていて、五十嵐先生の面目躍如たる作品に仕上がっているといえます。
 五十嵐先生が本書の第1 章から第10 章までの原稿を脱稿され、確定稿を出版社に送られたのは、2015 年8 月24 日のことです。この頃、すでに五十嵐先生は体調を崩されていて、座っているのも容易ではない状況であったようです。同月25 日と26 日には2 回に分けて「はしがき」の原稿を送信されていますが、はしがきの前半を送られた電子メールの末尾には「ここで力尽きたので、あとは明日にします」とあり、本書が、最後の力を振り絞っての文字通りの「絶筆」であったことが分かります。本書を脱稿することにより、先生は生涯を現役研究者として、90 年におよぶ人生をみごとに全うされたのでした。
 五十嵐先生の謦咳に触れる機会がなくなってしまったことは、私たちにとっては誠に悲しいことですが、ライフワークであった本書を完成させて旅立たれたことは、几帳面な五十嵐先生らしいことであったと思います。また、五十嵐先生が長年にわたって育ててこられた北海道大学の民事法研究会への最後のご出席となったのが、先生が大切にされてきたテーマである「事情変更の原則」に関する、中国からの留学生の博士論文構想報告の回(2015 年7月3 日)であったことも、いまから思えば、生涯を第一線の研究者として研究の手を休められることのなかった人生の完結にふさわしいことであったように思います。
 五十嵐先生の同僚や門下生としてご指導を受けた私たち3 名は、脱稿直後の五十嵐先生から本書の刊行を託され、須藤さんのご協力を得ながら、形式面を整え、事項索引と人名索引を付すお手伝いをさせていただきました。本書を世に送り出すことで、先生から受けた長年にわたる学恩への感謝、そして身をもって最期まで研究者としての範を示されたことに対して深い敬意を表したいと思います。
 五十嵐清先生の比較法研究者としての集大成である本書が、学界の共通の遺産として、広く長く読まれることを祈念いたします。


2016 年5 月1 日 
小川浩三 
鈴木  賢 
曽野裕夫 

 

 

 

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