発刊にあたって

 本書は、大学ないし大学院で刑法を勉強する学(院)生または司法試験受験生用の教材である。あらためて申すまでもなく、法律学の学習に当たって、生きた法である判例の研究を欠かすことができない。これまで、判例百選をはじめとして、学習用の判例解説書が数多く刊行されてきたゆえんである。しかし、出版事情もあって、そのほとんどは相当多い執筆者による共著である。もっとも、共著による判例解説書にも個々の判例については優れたものもあるが、その最大の欠点は、判例の評価や解説において一貫性ないし統一性を欠く憾みがあるということである。そのため、近年、単独の執筆者が刑法全体にわたる判例の学習書を公刊する傾向がみられるのは、歓迎すべきである。 
 問題は、体系ないし考え方の不統一な点にある。したがって、その点をクリアできるのであれば、共同して討議しながら、他の立場からの解説・コメントを踏まえて判例を位置づけ、その意義を明らかにする方が、客観性を担保できるとともに、学生や受験生にとって親切なのではないか。 
 このような観点から、私の門下生達の協力を得て完成したのが本書である。私の刑法体系に即しつつ判例を位置づけ、他の学説も考慮しながらコメントすることを基本方針として執筆したものが『判例講義 刑法1総論』である。本書も基本的にはそれと同じであるが、新たに京都で研究会を共にしている心神気鋭の二人の研究者に加わっていただいた。 
本書は、従来の判例解説書と比べて三つの点で異なっている。第1は、判例とは何か、特に刑法判例の意義について、日頃私が考えていることを述べることによって、判例を学習することの重要性を明らかにしてみたということである。第2に、「刑法判例の動向」と題する項目を設け、最高裁判所の刑法判例を概観することを通じて、判例が社会の動向にどのような関わりを持ってきたかを明らかにしようとしたことである。第3は、判例の理解を深めるために、「事実の要約」に始まり、次に、「裁判の流れ」をたどった上で、「判決の要旨」を掲げるという叙述方法を採ったということである。そして、判例はあどのような理論的根拠に立っているかを意識的に整理し、「判例を読む」という欄を設け、その判例がなぜ論議されているか、また、学説の対立がある判例についてその対立点を明確にするというように、やや立ち入った検討を加えることによって、判例研究にも寄与することを心がけた。2頁のものを入れたのは、そのためである。 
 私は、基本書として『新版刑法講義総論』(平成12年)、また、大学生用教科書として『刑法各論』(第2版・平成12年)を刊行している。本書は、これらの副教材とすることを念頭において編集したものである。基本書等とあわせて利用いただければ幸いである。 
 当初の予定では、最高裁判所の判例を中心として戦後の判例に限って検討する予定であったが、判例の考え方を明らかにするために、大審院の判例も少数ながら素材とせざるを得なかった。 
 本書が読者の学習に役立つことを心から念頭する次第である。 

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