はしがき

 本シリーズ『法学講義民法』全7巻は,学習者が民法の基礎概念と基本構造を的確に把握し,法学部で修得すべき民法学の水準に到達できるような内容を盛り込むことによって,法学教育における質・量ともに最適のスタンダードテキストであるようにとの願いを込めて企画された。
 2004年4月から発足した法科大学院における学習との関連でいえば,『法学講義民法』は,大学学部で法学を学んできた者にとっては,法科大学院の既修者コース(2年の学習期間)への入学のために修得しておくべき基礎知識と応用力の確認のためのスタンダードとして,他方,未修者コースに入学してきた学生にとっては,大変ハードではあるが第2年次から既修者コースの入学者に伍して自らの学習を実りあるものにするために初年度にマスターすべき目標として,活用していただきたいとの願いが込められている。
 『法学講義民法』は,2005年10月に『民法1総則』および『民法2物権』が刊行され,翌年の2006年3月には『民法6事務管理・不当利得・不法行為』が,次いで同年7月には『民法3担保物権』が世に送られたが,本来,時をおかずに刊行されるべき『民法4債権総論』が,漸くこのたび刊行の運びとなった(引き続き『民法6契約』が刊行される見込みである)。
 このように刊行が遅れた背景として,ひとつには,執筆者各位が法科大学院での予想以上の教育負担にあえいでいる現状と,もうひとつには,新司法試験にも十分に通用するだけの内容と水準を保ちたいとの執筆者各位の心意気が,知らず知らずのうちに重圧となって,筆が進まなかったとの事情もあったと耳にしている。
 『民法4債権総論』の内容に関して述べるならば,本論の「2章 債権の目的」および「3章 債権の効力」は,債権総論の中の「総論」に当たる部分であり,法体系の上でも,条文の上でも最も安定した領域であった。ところが,近年の西欧における,とりわけドイツにおける債権法の改正とそれをめぐる論議に端を発し,わが国においても債権法の全面的見直しの作業が進められている。そのひとつの流れとして,契約から生ずる債権債務関係と契約外債権債務関係の規律を明確に分けて規定し,現行民法が採用しているような,発生原因から捨象して債権一般を規律する「債権総論」を否定する行き方(分解方向)が唱えられている。しかし,債権法の改正作業がどのような内容でどのような方向に進むかが明らかではない現段階において,本書は従来の古典的体系に則した叙述を基本方針としている。
 次に,先年,新破産法が制定された。債権総論で最も深く関わるのは3章の9「詐害行為取消権」である。もともと「詐害行為取消権」は,その制度理解と運用において判例と学説が交錯し,学説も様々の説が唱えられ,難解な領域である。そこに新破産法が登場し,従来の詐害行為取消権の要件論に影響を及ぼさざるを得ない状況が生じている。これらを踏まえて,その分野の第一人者の執筆になる9「詐害行為取消権」は,「はしがき」冒頭に述べたところからすれば,レベルが高すぎるのではないかとの懸念も脳裏をよぎる。読者は,そのことを念頭に置いて取り組んでいただければ幸いである。
 「債権総論」の後半部,4章「多数当事者の債権関係」5章「債権譲渡と債務引受」6章「債権の消滅」は,債権総論の中の,いわば「各論」とでもいうべき分野である。このうち,4章では,近時,保証に関する法改正がなされたところであるし,5章では,「動産及び債権の譲渡の対抗要件に関する民法の特例等に関する法律」が従来の制度に,ひとつの変革をもたらしている。
以上のように,従来,体系的にも内容的にも比較的に変化の少ない「安全地帯」であった「債権総論」も,変革の波に洗われつつある。読者は,このようなことも念頭に置きつつ学習していただければ幸いである。
 終わりに,困難な諸状況の中で協力していただいた執筆者各位に対して,編者として心から感謝申し上げるとともに,本書の出版に並々ならぬ熱意をもって刊行へとこぎつけてくださった悠々社社長の須藤忠臣氏に対し,感謝し敬意を表したい。
 本書が民法の「全国版スタンダードテキスト」として愛読されることを願ってやまない。

2007年9月

編者 奥田昌道/池田真朗/潮見佳男


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